メディア首脳との会食
安倍晋三は政権に就くと、マスコミ首脳との会食を繰り返し、今に至っている。これは政治的には一種の談合であるが、内閣総理大臣という我が国最大のニュースソースをマスコミ首脳に頻繁に接触させ懇親を深めることは、政権側から見ればこの上ないメディア対策になると思われる。そして、NHKの運営を「お友達人事」で政権側に引き寄せ、「政権が右と言えば右」の報道をさせているのは割と有名なことである。
政策の打ち出しに用いるキャッチフレーズ
安倍政権の政策もキャッチフレーズで彩られている。アベノミクスと言われる経済政策の概要は「三本の矢」という至極簡潔な言葉にまとめられた。アベノミクス自体がアナウンスメント効果を狙ったものだという指摘があるが、実際、「やるぞ、やるぞ。景気浮揚するぞ。」という感じだけは沢山出ていた。閣議決定の名前は「日本再興戦略 Japan is back」であり、あまりに内外のメディア向けのタイトルで、筆者は「スターウオーズ帝国の逆襲 The Empire Strikes Back」からとったのか、とすら思った(今まで、閣議決定のタイトルに英語が使われたことはあったのだろうか)。
一方、実際の日本経済は消費税増税による経済の落ち込みが酷い訳だが、新聞各紙の報道からは、景気が悪いという事実さえ、ストレートには伝わらない状態になっている気がしてならない。新聞各紙は軽減税率の恩恵に飛びつきたいのか、消費税増税強行に早々に賛成した。
集団的自衛権容認の閣議決定に向けた地ならしとして開催した記者会見では子どもや女性の絵を描いたパネルを用い、情緒に訴える方法を取った。パネルの一番左側(安倍首相側)にそういう絵が描いてあるのは実に上手くできている(首相官邸のホームページで閲覧可能)。
その他も、例えば第一次安倍政権で国民の総スカンを食らって敗れ去った残業代ゼロ法案は「高度プロフェッショナル制度」などという装いで登場した(これは完全にスベっているが)。それでも、メディア向けには「時間でなく成果」という法案の上でも何の根拠も無いフレーズを繰り返し発信して、朝日を除く全新聞社の見出しを奪取することに成功した(この点について拙稿「労働時間規制除外を「時間でなく成果」と誤報する風潮について」)。
不祥事に対する強引な火消し
歴代内閣の命取りになってきた大臣の不祥事についても、第二次安倍政権の対応はとても素早い。小渕優子経産大臣の首を一瞬で切り落とし、選挙をはさんだこともあり、いつの間にか不起訴になってしまった。女性登用が売りだったはずなのに、女性閣僚が次々に問題を起こし、今やそのフレーズすらどこかへ行ってしまった。最近の西川農相の辞任についても、西川氏本人が「説明できる。違法性はない。」という弁明をしているのに辞任し、安倍首相自身が国民に向かって謝罪したが、一体何を謝罪したのかも分からないまま、現在進行形で幕引きを計ろうとしている(この点については拙稿「西川農相の辞任で幕引きできない」)。
総選挙に向かう過程でのメディア対策
昨年12月の解散総選挙に向かう過程もメディア対策が見え隠れした気がしてならない。総選挙については、安倍政権が北朝鮮による拉致問題で成果をあげ、それを勲章にして一気に選挙になだれ込む計画がかなり早い段階から決まっていた、とも言われている。あの頃のNHKのニュースは異様というほか無く、1mmも前進していない拉致問題に関する日朝交渉について、さも壮大な成果が出たかのように繰り返し報道していた。結局、拉致被害者の解放はかなわず、いつの間にか拉致に関する報道はしぼんでいった。
それに引き続く解散総選挙でも、安倍政権はメディアに対して「選挙時期における報道の公平中立ならびに公正の確保についてのお願い」という文書を発し、政権に対する批判を牽制した。自民党は議席を減らしたのに新聞では「与党圧勝」の見出しが躍った。民主党は議席を増やしたのに、「実質的な敗北」という総括をする始末である。
総選挙で「与党が圧勝」というあまり根拠の無い既成事実ができたことで、消費税増税後の景気落ち込み対する批判はトーンダウンし、小渕優子氏もみそぎが済んでしまった。
人質事件に関する情報修正
「イスラム国」による人質事件についても、当初、政府は「イスラム国」が後藤さんの妻に宛てたメールを把握していた旨の報道がされたが(1月22日朝日新聞「後藤さん妻に20億円要求 「イスラム国」側がメール」)、破局を迎えた後に「政府は1月20日になって初めて湯川氏、後藤氏を拘束していたのが「イスラム国」だったと把握した」という報道がされた(ように見える)。朝日新聞の2月6日の検証記事「政府対応、浮かぶ論点 拘束把握は12月/首相「私の責任で演説決定」 邦人人質事件」にも下記のような表があり、把握が1月20日とされている。

しかし、これはいくらなんでもあり得ない話だろう。これは単に「イスラム国」が正式にアナウンスしたことを捉えて「その時、正式に知った」と強弁しているに過ぎないように思われる。把握が遅くなるほど、「対応しようがなかった」という言い訳ができるのである。
また、後藤氏の殺害直後には世耕官房副長官がBSフジの番組でわざわざ以下のような発言をし後藤氏殺害の責任が政府に降りかかってこないように予防線をはっている。しかし、政府高官が、政府が個別の国民に対してした対応をあとから一々公表するのは大きな問題ではないだろうか。
後藤健二さん:世耕氏「外務省が計3回、渡航中止を要請」 毎日新聞 2015年02月02
世耕弘成官房副長官は2日、BSフジの番組で、イスラム過激派組織「イスラム国」(IS)に殺害されたとみられる後藤健二さんに対し、外務省が昨年9〜10月に計3回、シリアへの渡航をやめるよう要請していたことを明らかにした。
裏工作を公然と口にする首相
このようにメディア対策を堂々と行う政権なので、安倍首相自身が、世間の高評価はメディアへの対策で得られるものだと思い込んでいる節がある。ちょっと長いが引用する。
日銀・黒田総裁、安倍首相に財政健全化に本腰入れるよう強く求める FNN 02/18 11:56この報道に接したとき、筆者は下線を引いた部分について仰天してしまったが、これを問題視する報道はほとんど無いようだ。しかし、一国の首相が、国の財政に関して民間の格付け機関が独自に作成している指標を、政策による財政の好転ではなく、格付け機関に対する裏工作によって打開しようとしているのは大問題ではないだろうか。
関係者によると、2月12日に行われた経済財政諮問会議で、日銀の黒田総裁は、民間の格付け会社が、2014年、日本の国債の格付けを引き下げたことによって、国債を保有する日本の銀行の経営に対する影響に懸念を示したうえで、状況は、極めてリスキーと指摘した。
これを受け、安倍首相は、格付け会社に働きかけるのが重要との考えを示したが、黒田総裁は、格付け会社のトップと話した際に、格付けを変えることはできなかったとしたうえで、安倍首相に対し、財政健全化に本腰を入れるよう強く訴えた。
現在の株高についても、経済の好転を反映したものではなく、年金資金の大量投入による官制相場であることが曝露され始めている(「「株高」の正体はただの「官制相場」:「GPIF」改革見送りの問題点」)。安倍首相は経済指標について「株価は一番分かりやすい」と言っているらしいが、それをそのまま、政府資金で実現させている疑いがある。実際、株価の上昇についても、主要メディアは皆上昇した事実だけを報道しており、政府系の資金が大量投入されて株価がつり上げられている可能性についてはあまり報道されていない。
ほころび始めたメディア対策
しかし、直近のところでは、塩崎厚生労働大臣と世耕弘成官房副長官が、年金資金の株等への投入に関連して、お互いにメディアを使って罵り合う展開になっているようだ(ビジネスジャーナル 2015年2月25日 06時07分「塩崎厚労相と世耕官房副長官、低レベルすぎる誹謗中傷合戦で潰し合い 塩崎氏更迭必至か」)。世耕氏は安倍政権のメディア対策の中心メンバーとも思われるので、今後どういう展開になるのか注目だ。
また、西川農相を事実上更迭したことによる火消しも、今のところ必ずしも上手くいっていない。それどころか、週刊文春が安倍首相の盟友とされる下村文科大臣の不正献金を曝露し始めた(「下村博文文科相 「無届け後援会」で政治資金規正法違反の疑い」)。
そろそろ、安倍政権によるメディア対策にも限界が出てきているように思われる。さて、安倍政権は次はどのような手を使って、国民の目をそらそうとするのだろうか。筆者のような素人が眺めているだけでも、露骨なメディア対策が見えてしまうような政権は本当に嫌なので、失敗することを願うばかりであるが。