2010年01月22日

ツイッターは革命か?はしゃぎすぎ。

 昨日からツイッター始めた。何か期待しているわけではなく、やたら騒がれているので、とりあえず体験してみようと思ったのだ。今のところ、ブログと連動させると、ブログを更新したときに自分のつぶやき欄にタイトルとリンクを勝手に張ってくれるので、便利と言えば便利だが、それ以上の効用を見いだせていない。

 ツイッターについて「革命だ」などと騒ぐ議論を見たことがある。どこで見たのか忘れたが、例えばアマゾンで売られている『Twitter革命』というそのまんまの本の紹介欄を読むと
内容紹介
今、ツイッターの時代に何をするべきか?
もう、ただの「つぶやき」では終わらない。この、まったく新しいコミュニケーションツールの登場で、今、私たちのライフスタイルやビジネスに劇的な変化が起こりつつある。ユーザー一人ひとりがメディアになる時代、生き残る人、生き残る企業の条件を探る。


いま、もっとも注目を集めているコミュニケーションツール、それがツイッター。
140字のテキストを投稿するだけというシンプルなインターフェース、友達から有名人まであらゆる人と気軽につながりあえる仕組みが好評を博し、2009年に入って世界中でユーザーが激増している。
ジャーナリズムやアカデミズム、政治家、行政まで、ユーザーとの直截かつ即時的なつながりを求めて様々な形で利用されており、マーケティングなどへへの応用にも期待がかかる。

人と人をフラットにつなげ、行動を変えていくツイッターはもはや単なる「つぶやき」では終わらない。
この革命的コミュニケーションツールが今、変えようとしているものとは何か。

「世界でいちばん小さな放送局」として、ネット黎明期からインディペンデントな活動を続けてきたジャーナリストが、ツイッターが私たちのビジネススやコミュニケーションにもたらす劇的な「変化」の意味を説く。

と書いてある(下線強調は私)。僕はここに違和感を感じる。例えば「ブログというのが凄いらしい」と騒がれたときの内容って「簡単に情報発信できる」ということに集約されていた(と思う)。しかし、ツイッターの効用として説かれている「マーケティング」は、つぶやく人間とは別の人間がつぶやく人間の集団を観察した結果として様々な需要や世論の情報が量から質に転して、商売や政治に利用できる、というものなのだ。つまり、利用者と受益者が別の人だ、ということ。そういうことをいくら説いても、ツイッターの利用者は増えないし、利用者にはなんの革命も起きないのではないのか??

 イランの反政府デモのように、社会的な運動を構築するためにツイッターが使用できればそれに越したことはないが、あれはイラン政府がツイッターの存在を知らなかった、という初期の一過性の現象ではないのか。政府がツイッターを知れば、当然それを「マーケティング」して、デモをつぶしにかかる。今後もあの方法が有用とはとても思えない。

 まあ、最初から突き放すつもりはないし、自分なりの使い方を探ってみようと思うが「つぶやいても得するとは限らない。目的意識を持って他人のつぶやきを沢山集めると得する」というツイッターの特性の下で、ギブアンドテイクの関係が成り立っていくかがポイントのような気がする。


posted by ナベテル at 14:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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