2010年06月07日

イースター島モアイ見た記・破(伝説の王ホトゥマトゥア)

 はじめに書いておくと、写真に出てくる、立っているモアイは、すべて近年になって修復されたものだ。修復される前のモアイは、序で書いたモアイ倒し戦争で倒されていた。

伝説の王・ホトゥ・マトゥア
 無人島だったイースター島に最初に移住してきた伝説の王ホトゥ・マトゥアは、島の北側にあるアナケナビーチに上陸したと伝えられている。アナケナビーチは、火山島であるこの島には珍しい白砂の浜で、殺風景な島の中では神々しくもある。伝説を彩るにふさわしい場所だ。
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アナケナ・ビーチ


 そして、アナケナビーチにあるアフ・ナウナウには、ホトゥ・マトゥアをかたどったと伝えられる初期型のモアイがある。最近お気に入りの漫画家、福満しげゆき氏に似ていなくもない。
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ホトゥ・マトゥアのモアイ


 そして、初期型のモアイがまとまっているのがアフ・アキビだ。
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アフ・アキビの7体のモアイ


 このモアイはホトゥ・マトゥアの7人の使者とも、7人の王子ともいわれる。背が低く、ずんぐりしていて、頭にプカオ(ちょんまげを表す石)が載っていないのが初期型の特徴だ。ほとんどのモアイは海を背にして、集落があった陸側を向いて立てられていたが、この7体だけは海を向いて立てられている。ホトゥ・マトゥアが来た島の方を向いているのだとか。

もっとも保存状況の良いモアイ
 比較的時代が下ってくるとモアイはスマートになり、頭にプカオが載るようになる。例えば、アフ・ナウナウにある新しい方のモアイは、台座であるアフに古いモアイが使われていて、時代が新しいことが分かるが、頭にはプカオが載っている。
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アフ・ナウナウの新しい方のモアイ


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アフに用いられた古いモアイ


 このモアイには模様が沢山施してあり、本来のモアイの形をよく伝えている。モアイは火山の灰が固まった凝灰岩でできているため、割ともろいのだが、このモアイたちは砂浜に埋まっていたため、保存状況が良好だったそうだ。
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モアイの背中(模様がある)


三期のモアイを一気に見られるところ

 初期、中期、後期のモアイが一度に見られるのが、ハンガロア村から近いタハイ遺跡。遺跡に行くと左から順にアフ・バイ・ウリ、アフ・タハイ、アフ・コテリクと3つのアフがある。その順に初期、中期、後期のモアイのを表しているという。
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アフ・バイ・ウリ


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アフ・タハイ


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アフ・コテリク


 ここの遺跡は島の西側にあり、日没のスポットでもある。素人でも、割と様になる写真が撮れる。
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アフ・バイ・ウリの日没


 なお、イースター島にはモアイの他にもインカにも通じるような緻密な石組み文化もあった。
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アフ・ビナプの石組み


 この石組みは、イースター島の文化が東の南アメリカから来た説の根拠になったようだが、今では、西のポリネシアから渡ってきた文化であると考えられている。緻密な石組みがどういう経緯で作られたのか、謎のままだそうだ。

 次回は、巨大化するモアイとモアイの製造工場について。

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posted by ナベテル at 22:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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