固定残業代が支給されていても、それで引き当てられる時間を超える労働がある場合、使用者は残業代の計算をして支給しなければなりません。固定残業代が支払われているからといって使用者の給与計算の手間が省けるわけではないです。
しかし、実際には、固定残業代が横行しています。これらの固定残業代には上記とは別の意味があります。すなわち、@見かけの賃金を高くすることで労働者を誘引する、A残業代の時給単価である「基礎時給」に算入される賃金(「基礎賃金」)を少なくすることで残業代単価を切り下げる、B一方で固定残業代の額を多くすることでいわゆる過労死ライン近くやそれ以上の残業をしても別途の残業代が発生しない仕組みにするのです。そして固定残業代を導入する事業所はそもそも労働時間の計算をしていない場所も多いですね。そして、労働者側が追及するとC固定残業代で残業代は支払済み、と言い訳をして労基署の介入を抑制し、支払いを拒絶し解決を先延ばしにすることで労働者の請求を諦めさせようとすします。ここに固定残業代制度運用の現代的な意味があり、病理があります。
固定残業代の特徴と見破り方
以下、筆者が担当した外国人向け高級ホテルのフロントスタッフに関するトレーダー愛事件(京都地判平成24年10月16日)を元に一般化した事例を検討します。なお、この事件では固定残業代は違法とされ、固定残業代とされた手当を基礎賃金に算入して残業代を一から計算し直し、約300万円の残業代を払いなおさせました。
固定残業代を導入しているケースでは、例えば「月給28万円保証」と募集広告を打ち、応募をすると入職の段階で労働契約書や覚書などに署名押印させられたり、あるいはそれすらなく給与明細で事後的に、「基本給14万6000円、業務手当13万4000円(時間外手当見合い)」などと書かれていたりします。この14万6000円という数字は地域の最低賃金(大阪府では2014年10月5日以降は838円)に週40時間制を前提とした「月平均所定労働時間数」(労基法施行規則19条1項4号)の上限値である173.8時間をかけた金額の近似値であったりします(この上限値先にありきで計算しており事業場の年間所定休日が書いてなかったりする)。
この事業場における時間外割増賃金の基礎時給は840円、2割5分増しの時間単価は1050円となり、業務手当13万4000円はなんと127.6時間分もの固定残業代となってしまいます。月平均の所定労働時間173.8時間と合わせると、300時間超の労働時間に対する賃金がたった28万円で支払済みになってしまうのです。
この説例が典型的ですが、基本給を173.8で割ると地域(近くに大都市がある場合はそちらの場合も)の最低賃金になっていたり、趣旨不明な手当が支給されることになっていたり、賃金が1円単位や10円単位で定められている場合などは固定残業代と疑った方が良いでしょう。
判例状況と闘い方
しかし、裁判所は会社側が主張する固定残業代には総じて冷ややかです。様々な裁判例が公表されていますが、否定された例の方がずっと多いです。固定残業代が否定される理由には以下のようなものが見られます。
- 固定残業代とされる賃金の額、引き当てられる残業時間が明確ではない(時間外割増賃金と法定休日割増賃金を混ぜて計算ができない場合も)
- 固定残業代とされる賃金で引き当てられる残業時間を超過しているのに超過分の残業代を清算していない(払いきりの賃金になっていて残業代の実態がない)
- 残業代なのに手当の額が成果に連動して決定されたりするなどして残業代の実態がない
- 後付けで口で言ったり給料明細に書いているだけで労働契約の内容になっていない、あるいは今までは普通の手当だったものがいつの間にか固定残業代にされており説明がほとんどない
- 固定残業代をあとから導入していて労働条件が勝手に不利益変更されている
固定残業代が無効とされた場合、その賃金は残業代の単価を計算するための基礎賃金に算入され、一から残業代を払いなおすことになるので、実は使用者側のリスクもとても大きいです。労働者から見た場合「固定残業代は訴訟をやれば案外勝てる」ということです。
対策の検討
このように訴訟になると使用者が負けることも多い固定残業代ですが、やはり社会全体で規制する必要があります。まずは、労働者募集時に所定労働時間外の賃金を固定残業代で表示するような方法を止めさせることが重要です。これは、公共職業安定所にしろ、民間の就職サイトにしろ、厚生労働省の監督が及んでおり、現行法下でも政治がやるきになれば改善が可能です。職安についてはすでに固定残業代を規制する内部通達を出していますが、政治にやる気がないので十分に機能していません。さらに、リクナビやマイナビなどの民間の就職サイトの表記を是正するよう要求していくことが必要でしょう。
また、より根本的には、他の詐欺的な労働者募集方法とあわせ、労働者募集時の表記の仕方を規制する法律が必要なのではないかと思われます。
自分で請求しよう
また、それぞれの労働現場では、使用者に抗議して固定残業代を止めさせることも(できるなら)重要でしょう。訴訟をやれば勝てる場合も多く、その場合、獲得できる残業代は高額です。同僚と一緒に、または職場を去るときに残業代請求するのも手です。
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