2010年08月20日

NHKスペシャル『玉砕 隠された真実』感想

前振りとしての「ドキュメント太平洋戦争」
 僕は、子供の頃、弁護士にならないならNHKスペシャルの取材班になりたいと考えていた(なり方は最後まで調べなかったけど)。一週間のあらゆるテレビ番組の枠で一番好きなのが日曜午後9時からのNHKスペシャルの枠だったし、この枠で放送する番組はレベルが高いものが多く、ああいうものを製作する現場に関われたらいいなあ、と思ったのだ。特に、アジア太平洋戦争当時の日本軍部の無責任と非合理性を徹底的に追求した『ドキュメント 太平洋戦争』はNHKスペシャル史上でも不朽の名作だと思っている(Wikiに項目があったので概要を知りたい方はどうぞ)。ちなみにこのシリーズは角川文庫で『太平洋戦争 日本の敗因』という名前で書籍化もされていて、アマゾンでも買える。

「玉砕」の番組概要
 さて、最初から脱線しまくったが、今回の『玉砕』。概要は以下のような感じ。
2010年8月12日(木) 午後10時00分〜10時49分
総合テレビ 玉砕 隠された真実
「生きて虜囚の辱めを受けず」戦陣訓に則り、全将兵が死ぬまで戦う「玉砕」。
昭和18年5月、アリューシャン列島アッツ島における日本軍守備隊の「全滅」がその始まりとされる。
部隊の全滅を「玉砕」という言葉で大々的に発表した大本営。しかしそこには隠された意図があった・・・。
 アッツ島を境に「玉砕」は各地の戦場で頻発、戦死者は急激に増えていく。
更に、戦局が悪化すると、「玉砕」は大本営の報道によって「一億玉砕」として、一般国民に対しても広がり、最終的に310万人の犠牲者につながっていった。

 死を目的とする攻撃「玉砕」はなぜ引き起こされていったのか−。
番組では、アッツ島守備隊の「玉砕」をきっかけに、大本営が「全滅」を「玉砕」と美化し、国民にも「死」を求めていった過程を、新資料と証言をもとにつまびらかにする。

 内容はとても興味深かった。実は、日本軍が文字通り全滅した戦場はアッツ島が初めてではなく、1942年の12月〜1943年1月にかけて、パプアニューギニアのブナなどで、大本営による「棄軍」と部隊の全滅、という事態が発生していた。しかし、大本営は自らの責任を隠蔽し、部隊が「転進」したという嘘をついた。アッツ島の全滅はその後の1943年5月に起きたが、今後、部隊の全滅という事態が多く発生することが予想されたことから、大本営の責任を隠蔽するために「玉砕」を仕立て上げ、「生きて虜囚の辱めを受けず」と書かれた『戦陣訓』の精神を国民に浸透させる手段に使おうとした、というのだ。全滅を美化するため、大本営がアッツ島守備隊からきた救援要請を無視したにもかかわらず「アッツ島守備隊は救援を全く要請しなかった」という大嘘をメディアで垂れ流した。その後は各地の「玉砕」が美談として喧伝され、「転進」したはずのブナさえ後で「玉砕」と発表されたそうだ。
 番組の内容にすごみを持たせるのが、アッツ島守備隊の生存者の証言。何の補給もなく、弾薬すらないままにアメリカ軍の一方的な攻撃を受ける様子をリアルに証言していた。

こういう番組を作るのがNHKの使命だ
 今回の番組でも、日本軍が最初に「玉砕」したとされるアリューシャン列島のアッツ島(現在は原則立ち入り禁止)を、特別の許可を取って取材をしたり、アッツ島守備隊の日本将兵2600人中、わずか27人だけ生き残った方々の住所を突き止めて数人からインタビューを得ていた。当時は青年だった将兵たちも今は90歳手前。中には「こんな事をカメラの前で話すようになるなんて夢にも思わなかった」みたいなことを言う方もいて、あと5年遅かったら、貴重な証言はこの世に記録されないかもしれない。総じて、極めて価値の高い取材活動をしており、『ドキュメント 太平洋戦争』を彷彿とさせるモチベーションの高さに素直に「すげー」と思った。
 僕は、こういう質の高いドキュメンタリーを、視聴率とは関係なく作るのがNHKの使命だと思っている。最近のNHKの視聴率至上主義は目に余るものがあるので、原点に立ち返って、良質な番組を作って欲しいと思うのだ。
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2010年08月16日

石原都知事が靖国神社でポケットに手を突っ込む「不敬」

 石原慎太郎東京都知事が8月16日に靖国神社を参拝した。
石原都知事「この国は駄目になる」 靖国神社参拝
8月16日7時55分配信 産経新聞
20100816靖国神社での石原都知事(産経新聞提供).jpg
参拝を終え到着殿前で報道陣の問いにこたえる石原慎太郎・東京都知事=
15日午後、東京都千代田区の靖国神社(矢島康弘撮影)
(写真:産経新聞)

 東京都の石原慎太郎知事は15日、靖国神社を参拝した。終戦の日の靖国神社参拝は、昨年は海外での公務に重なったため2年ぶりとなる。

 石原知事は参拝後、報道陣に対し、首相と全閣僚が靖国神社に参拝しない方針を示したことに「日本のことを考えないやつらのことを話しても仕方がない」とし、「この国はこのままでは駄目になる。100歳を過ぎたご老人の行方が知れないってどういうことだ。自分の親の弔いもしていない。本当に英霊も浮かばれない」と述べた。

 その後、石原知事は周囲にいた参拝客に「皆で頑張ろうな」と呼びかけた。

 僕は、靖国神社を神聖な場所とは思わないし、政治家が公式の肩書きで靖国神社に参拝すること自体、反対の立場だ。しかし、今日はそういう難しいことは言うまい。記事にある石原都知事の発言を前提にすれば、石原都知事は、靖国神社をちゃんと参拝して「英霊」たちを弔わなければ、「英霊」たちも浮かばれない、という立場に立っているはずだ。そういう石原都知事に一言。

自分が神聖だと思っている場所で
ポケットに手を突っ込むな。行儀悪い。


 僕は残念ながら8月15日に靖国神社に行ったことはないが、8月14日に行ったことならある。元兵士と思われるおじいさんたちの中は、日本軍の軍服を着て、当時の連隊旗とおぼしき旗を掲げながら、32番の大鳥居から行進してくる人たちもいた。あのおじいさんたちにとっては、靖国神社はそれだけ神聖な場所なのだろう。
靖国神社境内図.jpg
靖国神社の境内図:靖国神社HPより

 石原都知事がポケットに手を突っ込んでいたのは、記事によると、14番の到着殿の前。大鳥居どころか、第二鳥居よりさらに内側、特大の「菊の御紋」を二つも配する「厳か」な雰囲気を醸し出す神門よりさらに内側の場所だ。

 もう一度言うが、僕自身は、靖国神社を神聖なものとは思っていない。しかし、礼儀を知らない僕だって、さすがに自分の祖母の仏壇の前でポケットに手を突っ込むようなことはしない。さんざん「靖国」「英霊」を連発するこの御仁が全くの現行不一致で「英霊」に対する「不敬」を働いた上で、日本の将来を憂えるなんて、ちゃっちゃらおかしくて臍が湯を沸かす思いがする。あまりに馬鹿馬鹿しいし、この御仁が唱える「愛国」の薄っぺらさが滑稽なので、ささやかながら、ネット上に晒すことにした。
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2010年04月29日

日本海海戦の死者は4500人もいた

 最近、烏丸三条にある大垣書店に行くと、NHKで放送した『坂の上の雲』のDVDが売られていた。売られていたのはまだ主人公たちが若い頃の話で、今後さらに2年かけて旅順攻略、日本海海戦とお話のクライマックスに向かうのだそうだ。

 2010年というのは、もともと、安倍政権下で憲法改正の国民投票が計画されていた年だ。一方、『坂の上の雲』は生前の司馬遼太郎自身が「ミリタリズムを鼓吹する」と言って映像化することを拒んでいた作品だ。そういういわく付きの作品が、周到に計画されて2010年に映像化されること自体、何か因縁めいたものを感じる。安倍晋三はNHKの番組製作に干渉した経歴を持つ人物なので陰謀論はさらにリアリティーを持つ。

 まあ、それは脇に置くとして、このドラマのクライマックスに来るのは日本海軍が対馬海峡でロシアのバルチック艦隊を打ち破った「日本海海戦」だ。日本海海戦という単語自体は歴史の教科書にも出てくるし、この海戦が世界に与えた影響が大きいことも知識として知ってはいる。でも、この海戦がどんな戦闘で、でどれだけの人が死んだかなんて教科書には書いてないし、たいした興味も持ってこなかった。しかし、海戦というからには海の真ん中で戦艦同士が戦闘する訳で、船が沈めば大量の死者が出るはずだ。NHKが『坂の上の雲』を放送することになって以降、縁あって集会のパネリストなんかもやったので、その辺のことにちょっとした興味を持ってきた。

 で、wikiで調べたらとりあえずの数字は書いてあった(wikiのこの辺のマニアックな記載は凄い)。ちょっと衝撃を受けたが、
 ロシア 戦死者4380人
 日本  戦死者117人

だそうだ。
 敗れたロシアの戦死者数は膨大な数に上ってるし、勝った日本ですら100人以上の戦死者が出ているのだ。

 こういう大量の戦死者はNHKの『坂の上の雲』ではどういう風に扱われるのだろうか。ロシアとだって友好関係を築かなければいけない現代において、4500人もの死者を置き去りにして「万歳万歳」と叫ぶドラマでいいのだろうか。とても気になるところだ。
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2010年04月24日

『へうげもの』一考:手塚治虫文化賞大賞受賞

 すでに何日か前の話になってきたが、『へうげもの』が手塚治虫文化賞大賞を受賞した。
手塚治虫文化賞大賞は「へうげもの」、新生賞に市川春子
コミックナタリー
朝日新聞社が主催する、第14回手塚治虫文化賞の受賞作が決定。マンガ大賞には、モーニング(講談社)にて連載中の山田芳裕「へうげもの」が輝いた。

「へうげもの」は物欲まみれの型破りな茶人・古田織部を通して戦国時代を描く独自の視点が高く評価され、受賞に至った。山田は「これからが織部の真骨頂。賞を励みに精進を重ね、最後まで描ききる所存」とコメント、佳境を迎える物語の執筆にさらなる意欲を見せた。

 僕はこの漫画が大好きなので、受賞したことは素直に喜ばしい。

 僕は子供の頃からコーエーの『信長の野望』シリーズをそれなりにやってきた。マニアではないが戦国時代好きだと思っている。このゲームシリーズに出てくる古田織部は能力は低いが割と高価な茶器を持っている武将だ。古田織部がどんな人かなんて全く分からないので、捕まえて首を切るか、家臣にした後に茶器を没収して、茶器だけ有効活用する位置づけになってしまう。『へうげもの』は、そういう存在に過ぎなかった古田織部に生き生きとした個性を与えてくれた。最初の頃は、読んでいて、頭に電気が走るような心地よい衝撃を受けた。

(脱線:『信長の野望』はドラマ等である武将に注目が集まると次の作品でその武将の能力が飛躍的に向上する傾向がある。次あたりでは古田織部も政治力あたりが急にアップするかもしれない)

 この作品を読んでいて僕がある意味「感動」したシーンは、本能寺の変のときに坊さんたちが財宝を持ち逃げするところと古田織部が本能寺の焼け跡で信長の遺品の茶器あさりをするところだ。史実上、本能寺にあったはずの茶器がどれだけ後世に伝えられてるのかは知らないが、実際の歴史では(織部がやったかは知らないが)、結構、位の高い人がこういうことをやった可能性はかなり高いのではないかと思う。そういう妙なところでのリアリティーがこの作品の魅力なのだ。

 僕が『へうげもの』を読んでいて一番感動した場面の一つは、織田信長が茶器の「大名物」と呼ばれるものを好んで集めたことに関する描写。僕なんかは、信長は「大名物」が実際に凄い茶器だから集めていたのだと思っていた(し、それ自体はその通りだ)。しかし、作中では、信長は茶の湯という文化に「格付け」という概念を持ち込み「大名物は土地よりも高価」という価値観を作り出すことで家臣をコントロールする様子が描かれる。そして、その様子はどちらかというと茶の湯の一番深いところを理解しない田舎者の粗野な所行として描かれる。さらに侘び茶の精神の体現者である千利休が裏で糸を引いて本能寺の変が起こる、という筋書きの伏線にすらなっている。
 今まで信長の茶器好きについて疑問を持ったことはなかったし、戦国時代の小説によく出てくる、戦功を上げた滝川一益が茶器を望んでも信長に認められず下野一国「しか」もらえなかった、という逸話は「茶器って高価だったんだな−」という印象しか与えなかった。でも、芸術や文化の観点から見れば、茶器の格付けは確かに馬鹿げた行為だし、そういう価値観は、天下が平定されて戦争に勝っても家臣に与える土地が無くなる事態に備えて信長が作り出した価値観だった、という説明はなるほどなー、と思わせるものがあった。

 最近、戦国時代ものの漫画で僕が好きなものに『センゴク』というのもある。『へうげもの』にも『センゴク』にも共通していえるのは、今までの歴史小説や通俗的な戦国時代の歴史書が描いてきた型どおりの戦国時代像(こういう通俗的な時代像は最近の研究では「誤り」とされることも多い)やNHK大河ドラマの堅苦しい戦国武将像を打ち破る新境地を開いている。半分はフィクションでありながら、半分はかなり詳細な研究をベースにして、歴史上の人物を生き生きとした生身の人間として「解放」する力を持っている。『へうげもの』の物語の方は終盤の山場にさしかかりつつあるが、この漫画のためだけに「モーニング」を買ってしまうくらい好きなので、コンテンションを保ったまま最後まで突き進んで欲しい。
posted by ナベテル at 16:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月19日

ある「宴」における音楽の選択について

 先週はブログの更新をほとんど出来なかったのだが、これはプライベートが大変忙しかったからなのだ。しばらく見ない間にブログが惨憺たる状況になっているのではないかと恐怖していたが、思ったより人が来てくれていた。そして、いつのまにか、ページビューが1万を超えていた。厚く御礼申し上げます。

 で、今日はまだ頭が社会復帰できていないので、ブログを更新していない間に体験したある結婚披露宴のBGMについての話。自分なりにはそれなりに悩んで選曲して、結構、面白かったので(もちろん、ひとりで選んだ訳ではないのだが)、ちょっと書いておこうと思った次第。

★新郎新婦入場
「All You Need Is Love」(ビートルズ)
個人的にはこれが一番気に入っていた。テレビでは椎名桔平と石田ゆり子が出ていた発泡酒のCMで使っていたのが印象的。

★新郎新婦プロフィール紹介
「Shall We Dance ?」 (映画「Shall we ダンス?」サントラ)
司会者ではなく、新郎新婦が互いに紹介し合う形式。BGMは声が入ってない方。

★ケーキカット
「Woman」(ジョン・レノン)
テレビでは三菱かなんかの車のCMで使っていたような気がする・・

★乾杯の発声
「In The Mood」(グレン・ミラー楽団)
その昔、レッドロブスターのCMで流れてたあれ。映画好きな人は『瀬戸内少年野球団』でも有名。

★新郎新婦のスライド写真上映
「切手のない贈りもの」(財津和夫)
「Supernova」(バンプ・オブ・チキン)
「I won't last a day without you」(カーペンターズ)
最後がカーペンターズで上手く落ち着いた感じ。

★新郎新婦母親インタビュー
「花ふぶき〜愛だろ、愛っ。〜」(東京スカパラダイスオーケストラ)
「Firecracker」(YMO)
「エンターティナー」(映画『スティング』主題曲)
新郎新婦が相互の母親にインタビューするという企画。それなりに好評だった。楽しい雰囲気を出すためにそういう選曲。スカパラは永瀬正敏が出てた「ザ・カクテルバー」のCMで使ってた。

★新郎新婦後ろに挨拶のために移動
「What Am I To You」(ノラ・ジョーンズ)
これも雰囲気出て良かった。この曲はドラマ「離婚弁護士」で劇中歌としてよく使われていた。僕はこの曲を聴くと天海祐希の顔が浮かぶ。

★新郎新婦退場
「Time To Say Goodbye」(サラ・ブライトマン)
最後はベタ。タイトルで選んだ感あり。僕はこの曲がどこで使われているのか良く覚えてないんだけど、あっちこっちで聴く。

★追い出し
「ひょっこりひょうたん島」
「アンパンマンマーチ」
最後はちょっとお遊び。しかし、どちらも子供向けの番組の曲でありながら、深いテーマをもった曲。


 全体的に思ったこと。やっぱり、みんなが知っている曲がいい。「隠れた名曲」を使っても、分からない人は分からない。一方で、ベタすぎると「またあの曲か」と思われるので、その辺のバランスをどう取るかが難しいのかと。まあ、今回のがどういう評価なのかは分からないが、「超ベタ」のラインは外したつもり。

 明日からブログがんばりまっす。
posted by ナベテル at 23:10| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする