誤解されがちだが、公立学校ではクラブ活動の顧問は多くの場合、教員の職務ではない。残業代が支払われない代わりに、ごく一部の例外的な理由を除いて残業を命じてはいけないことになっているからだ。これは法律に書いてある。教員に残業を命じられないのは、その業務の性質上、自主的な研鑽が不可欠だし、業務じゃなくても実際は「自主的に」自分の生徒たちに様々な形でふれあったり、生徒たちのために何かをせざるを得ないからだ。それらの時間に加えて(命令として)残業を命じれば教員の生活も、命も破綻するから駄目なのだ。
公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法(給特法)
(教育職員の正規の勤務時間を超える勤務等)
第六条 教育職員(管理職手当を受ける者を除く。以下この条において同じ。)を正規の勤務時間(一般職の職員の勤務時間、休暇等に関する法律 (平成六年法律第三十三号)第五条 から第八条 まで、第十一条及び第十二条の規定に相当する条例の規定による勤務時間をいう。第三項において同じ。)を超えて勤務させる場合は、政令で定める基準に従い条例で定める場合に限るものとする。
2 前項の政令を定める場合においては、教育職員の健康と福祉を害することとならないよう勤務の実情について十分な配慮がされなければならない。
法律家じゃない人のためにまとめると
(1)正規の勤務時間を超えて勤務させる場合は国と大阪府が定める基準に従ってね
(2)基準は教員の健康と福祉を害さないようにしてね
ということになる。
そして、(1)について、大阪市立学校の教員の「正規の勤務時間」については(詳しい説明はすっ飛ばして)大阪
学校の市費負担教員の勤務時間、休日、休暇等に関する規則
(勤務時間)
第2条 職員の勤務時間は、休憩時間を除き、4週間を超えない期間につき1週間当たり38時間45分とする。
〜中略〜
2 職員の勤務時間の割振りは、次の各号に掲げる職員の区分に応じ、当該各号に定める時間とする。
(1) 昼間において授業を行う学校又は課程に勤務する職員 午前8時30分から午後5時までの7時間45分(休憩時間を除く。)。ただし、略
大阪市立高校の教員の一日の労働時間は7時間45分であることが分かる。そうすると、朝の職員朝礼前の部活の朝練は一日普通に勤務すれば早出残業になってしまうからアウトだ。
一方、8時半に職員朝礼開始(始業)とし、休憩時間を合計45分とすると、終業時刻は17時。それ以降の時間に部活に参加することは残業になってしまうからアウトだ。では、17時までに部活の顧問をやればいいかというと、教員としての仕事は山ほどあり、そんなに暇ではない。日常の職務だけでもパンクしているのに、職務と部活の顧問を両方時間内にこなすのは(部活を熱心にやるほど)不可能だろう。
そして、もちろん、土日の部活動の顧問は完全に時間外勤務になってしまうからアウト。
次に(2)については、
公立の義務教育諸学校等の教育職員を正規の勤務時間を超えて勤務させる場合等の基準を定める政令
二 教育職員に対し時間外勤務を命ずる場合は、次に掲げる業務に従事する場合であって臨時又は緊急のやむを得ない必要があるときに限るものとすること。
イ 校外実習その他生徒の実習に関する業務
ロ 修学旅行その他学校の行事に関する業務
ハ 職員会議(設置者の定めるところにより学校に置かれるものをいう。)に関する業務
ニ 非常災害の場合、児童又は生徒の指導に関し緊急の措置を必要とする場合その他やむを得ない場合に必要な業務
とされ、部活動など入り込む余地がない。結局、職務として命令してやらせる部活動の顧問など、法令上はほとんど余地がないのだ。
しかし、皆さんご承知のように、実際は多くの教員が部活動はもちろん、生徒指導やテストの採点などを夜遅くまでやっている。持ち帰りの残業も沢山している。これらは、校長が残業を命じてはいけない建前になっているため、すべて教員の自主的な活動として行われている。「自主的活動」とされてしまった仕事は歯止めが利かなくなるため、給特法は教員の過労死の温床になっている。京都の何人かの教員が過労死ラインを超える慢性的な「自主的」残業をさせられていることについて損害賠償請求訴訟をやったが、最高裁で逆転敗訴してしまった。部活動の顧問が「自主的な」活動であることは最高裁のお墨付きなのである。詳しく知りたい人は最高裁のホームページで判例を見て下さい。
いずれにせよ賃金が支払われず残業を命じることも出来ない以上、多くの場合、部活動の顧問としての活動は職務ではないのだ。
2 橋下市長は入試を中止したり教員を配転したり出来ない
次に、大阪市立学校(これは小中も含む)の教員の人事や入試の実施について権限を有しているのは誰かというと、大阪市教育委員会だ。これについては詳しい説明はしないが、地方教育行政の組織及び運営に関する法律23条、24条、他ならぬ橋下市長が作った大阪市教育行政基本条例(PDF)に定められている。
教員の配転を決める権限は大阪市教委のみにあって橋下市長にはないし、試験の実施については大阪市教委のみが決定権を持っていて、橋下市長はあれこれ指図する法的根拠を持っていない。言うまでもなく日本は法治国家だ。権限もないのに口出しして行政をねじ曲げるのは中国や北朝鮮のレベルではないのか、と思う。まして、もともと教員の「自主的活動」である部活動で起きた問題については教員の任命権者である市教委の指揮命令に基づく職務ではないことを踏まえないとならないし、部活動で起きた問題を理由に学校の教員全体の給与の不支給や入試の中止を画策するなど、いかに無理筋の主張かが自然と理解されるだろう(念のため言っておくが筆者は教員の暴力には大反対であり学校から暴力を排除するためには様々な工夫がされるべきだと思う)。
3 給与について予算の執行停止はできないし不法にやると大阪市に損害が生じる
では、権限もないのに勝手に予算を執行停止して、教員に給与が支払われなかったらどうなるか。
これは理由のない単なる賃金の不払いであり、大阪市は不払いをしている間、年利5%の利息を支払う義務を負う。今時なかなか高い利率ではないか。橋下市長の無茶により損害を被るのは大阪市民なのである。
また、このような本来であれば不要な利息を支払った場合は、地方自治法242条で住民監査請求の対象となり、橋下市長は自腹を切って市に返還しなければならない可能性もあるだろう。
橋下市長は自分に強い権限があるように振る舞っているし、報道でも橋下市長の振るまいが許されるのか否かはあまり言及されないが、何のことはない、単なる違法行為なのである。
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追記1 コメント欄で地方公務員法58条3項により、地方公務員には労基法24条1項(賃金全額払いの原則)の適用がない、ということを教えて頂いたので訂正します。一応、スクリーニングを掛けたつもりだったが、ゴチャゴチャしているので見落としたようだ。ありがとうございます。
追記2 市町村立学校職員給与負担法という法律があり、大阪市の教員の賃金は原則として大阪府が負担することになっている。一方、地方教育行政の組織に関する法律58条は「指定都市の県費負担教職員の〜給与(略)の決定」については大阪市の権限としている。つまり、給与額を決定するのは大阪市教委で、実際に支払うのは大阪府ということになる。そういう意味で、そもそも大阪市には(市教委にすら)いかなる意味でも教員の給与について予算の執行を止める権限はないのではないか、という疑問もある。この辺は実際のお金の流れなどは知らないので、中の人に教えて貰うのが一番近道かもしれない。正直、よく分からない。
→これについては自分で解明した。趣旨も結論も全く変わらないが、適用される条例が微妙に違ったので訂正した。結論的には全日制の市立高校は市町村立学校職員給与負担法の県費負担職員にならず、市費負担職員なので、地方教育行政の組織及び運営に関する法律37条1項が適用されず、同法58条とは関係なく最初から市が任命権者となるから、職員に対して市の条例が直接的・全面的に適用される。予算措置も大阪市の責任となる。橋下市長が「予算を執行しない」と言っていたのは、法令上の予算の執行権限は教委にあるのに、教員の給与口座(またはそこに送金するための教委の口座)に送金をする職員が(おそらく)市長部局にいるため、そこに指示して送金を止める、ということなのだろう。教育公務員の法令はややこしい。