2010年07月06日

ネット上の資料で証券優遇税制のひどさを考える

はじめに
 僕は、法律は専門だが、税金は今のところ専門ではない。このエントリは国税庁のホームページ等を参照して勉強しながら書いたものだ。もし、間違いがあったら、ご指摘願いたい。

累進課税で高額所得者が「損」をすることはない
 サラリーマンの皆さんは、自分の給与所得の所得税がどうやって計算されるかご存じだろうか。僕は子供の頃、「累進課税」というのは高額所得者が税金をたくさん取られて手元に残るお金が貧乏人より少なくなる制度だと思っていたし、だからこそ、高額所得者が制度に文句を言うのだと思っていた。
 しかし、大人になってから、そんなアホな話はないということを知った。下の図を見て欲しい。これは国税庁のホームページから引っ張ってきた所得税の税率の表だ。税率だけ見ると、課税所得が1800万円を超える人は40%の税金(例えば課税所得1801万円なら所得税720万4000円)を取られてしまう気がするが、そうではない。
 例えば課税所得1800万円の人の税額は1800万に33%を掛けた594万円から控除額153万6000円を控除した440万4000円であり、実際の所得税の税率は24.46%だ。そして、この440万4000円という金額は、440万4000円=195万×5%+(330−195)万×10%+(695−330)万×20%+(900−695)万×23%+(1800−900)万×33%という計算式によって得られる。課税所得が1万円上がって1801万円ならこれに1万円×40%=4000円をプラスした440万8000円になる。つまり、課税所得1801万円の人は195万円までの所得には5%、195万円から330万円までの所得には10%・・・という税金の払い方をして、40%の所得税を払うのは1800万円を超えた1万円分だけなのだ。こういう仕組みなので、課税所得額がAさん>Bさんのときに、税引き後の手元に残る所得がBさん≧Aさんとなることはない。所得が多くて税金が高くなることはあっても、他の納税者との関係で損をすることはないのだ(当然のことだが・・)。
タックスアンサー No.2260 所得税の税率
課税される所得金額      税率   控除額
195万円以下          5%       0円
195万円を超え330万円以下   10%     97,500円
330万円を超え695万円以下   20%    427,500円
695万円を超え900万円以下   23%    636,000円
900万円を超え1,800万円以下  33%   1,536,000円
1,800万円超          40%   2,796,000円

 実際には、所得から給与所得控除(サラリーマンのみ)、社会保険料控除をはじめ、様々な控除をした上で課税所得を算出して、上の計算式が適用されるのだが、いずれにせよ、所得は累進課税される、ということの意味はこういうことなのだ。

所得は総合課税されるのが原則

 そして、所得には色々な所得がある。サラリーマンのような給与所得。自営業者や会社経営者の事業所得。年金生活者の雑所得など。他にもアパート経営のような不動産所得、一時所得、山林所得、利子所得、配当所得、譲渡所得等がある。これらの所得の多くは「総合課税」といって、各分野の所得の金額を合計した金額で所得税を計算することになる。例えば、給与所得者として給与所得が500万円あり、同時にアパート経営で300万円の不動産所得があれば、全体として所得800万円に対する所得税を払うことになる。そうすると、当然、500万円と300万円に別個に累進課税したときよりも税率が高くなる。この「総合課税」が所得税のもう一つの特徴と言える。

証券優遇税制の正体

 本題に入るまでが長かったが、「累進課税」と「総合課税」の意味を分かっておかないと、証券優遇税制の意味はよく分からないのだ。
 現在、上場企業の株式や投資信託の譲渡所得(例えば株の売却益)や配当所得(例えば株の配当金)については、所得税の税率が国税と地方税あわせて10%になっていて、どんなに利益が上がっても株や投信の譲渡益・配当益について10%の税金を取られるだけで総合課税されない(これを分離課税という)。制度の詳細はこれまた国税庁のホームページをご参照いただきたい。

 給与所得で所得税率が10%というのは、独男(女)で言えば、大ざっぱに収入が額面で700万円(訂正)くらいの人だ。控除の問題があるから単純ではないが、株や投信については、どんなにもうけを出しても年収700万円くらいの人と同じ率の税金だけ払えば済まされてしまうのが、証券優遇税制の正体なのだ。他にも株←→投信の損益通算や3年にわたる損益通算など、様々な優遇があるんだけど、面倒なので今日は触れない。
 そして、この証券優遇税制は最初からあったものではない。国税庁のホームページによると2003年から導入されたことになっているし(国税庁ホームページ「証券投資がより身近になりました!〜 「貯蓄から投資へ」:証券市場の構造改革 〜」)、後述のしんぶん赤旗の記事によると、株式等の譲渡益については、2002年まで本則26%だった税率が03年から20%(国15%、地方5%)に優遇された上、2003年から2007年までこれを半減(10%)。07、09年度税制「改正」で優遇の期限を延長し、現在、11年末までが期限とされている。配当も同様に、20%の税率が10%に優遇されており、期限は11年末までとなっている。この「改正」がなされたのは、他ならなぬ小泉純一郎首相、竹中平蔵経済財政担当大臣のときだ。

証券優遇税制によって生じる税負担のゆがみ
 証券優遇税制をはじめとする所得税の分離課税と低税率の結果、日本は、高額所得者が所得に見合った税金をまともに払わない「金持ち天国」になっている。このことをとても鋭く指摘したのが、ちょっと前の「kojitakenの日記」さんの「日本の所得税制が超高所得者に有利な逆進課税になっている動かぬ証拠」というエントリだ。そこでも触れられている政府の「平成22年度税制大綱の資料(6/6)」の中のグラフを参照するとこうなっている。
所得階層別所得税負担率表.jpg

 所得が1億円を超える人たちの所得税負担率が下がりはじめ、所得が100億円を超える人たちでは税率が14.2%しかない。これは「所得税は累進課税。高額所得者は所得の半分近い高い税金を払っている」という僕の頭にすり込まれた「常識」ががらがらと崩れ始めた衝撃のグラフだった。このグラフは、必ずしも証券優遇税制だけの効果ではないだろうが、証券優遇税制が相当なインパクトをもっていることは間違いないだろう。

誰が得しているのか
 そして、証券優遇税制によって誰が得しているのか。単なるグラフ上の数字ではなく実体を追及したのが7月2日のしんぶん赤旗の「株で大もうけ 配当だけで1人1億円減税 この不公平なぜ正さぬ譲渡益優遇 6人に116億円も」という記事だ。
 試算によると、配当に対する優遇税制では、トヨタ自動車の豊田章一郎名誉会長が減税だけで1億1176万円となっているほか、イトーヨーカ堂の伊藤雅俊名誉会長が1億825万円、京セラの稲盛和夫名誉会長が8167万円など、それぞれ巨額の減税を受けていることが分かりました。
 株式等の売買益に対する減税では、1人当たりの減税額は19億3398万円に達します。
 株の売買益にかかわる優遇税制は総額で約1212億円。合計所得100億円超の6人(0・007%)だけで全体の約10%の減税額を占めています。

 つまり、政府が国民に対しては財政破綻の危機を煽って消費税増税をちらつかせる一方で、こういう人たちを優遇してまともに税金も払わずにボロ儲けさせるのが証券優遇税制の正体なのだ。

どうすべきか

 この点については、しんぶん赤旗の意見にほぼ賛同する。まず、株・投資信託の譲渡益や配当については所得税を20%に戻した上、庶民の小遣い稼ぎの域を超えるものについては総合課税にして累進課税による所得税を取るのがいい。超高額所得者が資産をため込んでも、その分が消費に回るわけではない。さらに株などの投資に回り庶民から搾り取るための種銭になるだけだ。ここからどんどん税金を取って景気刺激に回せば、日本経済が少しでも上向く材料になるだろう。そして証券優遇税制を放置している現状は、「財政再建のためには消費税を増税するしかない」という議論がまやかしであることの、一つの根拠にはなるだろう。

2010.7.6 資料の挿入、字句訂正等の修正
posted by ナベテル at 00:32| Comment(5) | TrackBack(0) | 社会・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月14日

世襲ボンボンによる金持ちのための政治:みんなの党

 今日の朝日の世論調査では、雨後の竹の子のような人気に陰りが出始めた「みんなの党」だが、ビックリ仰天のニュースが流れた。
岳父の「上野」に改姓、「みんな」の比例候補に
6月14日12時18分配信 読売新聞

 みんなの党からの参院選立候補に意欲を示していた上野公成・元自民党参院議員(70)は13日、出馬を断念するとともに、女婿で内閣府科学技術政策・イノベーション担当参事官補佐(経済産業省から出向)の小林宏史氏(39)(東京都調布市)が、みんなの党公認の比例候補に内定したと明らかにした。

 小林氏は14日に群馬県高崎市に住所を移して、姓も「上野」に変えて地盤を引き継ぎ、県内を拠点に活動する。上野公成氏は読売新聞の取材に、「今後も地元のために政治活動を続ける。(議員として)必要とされる時期を待つ」と語り、政界引退を否定した。

 新しい政治をやると大見得を切っていたみんなの党が、高級官僚の自民党議員の娘婿を、わざわざ自民党議員の姓に改姓させて立候補させるというのだ。こういうのを世襲といわずに何というのだろうか。
というか、ちょっと考えてみると、みんなの党の党首の渡辺喜美もバリバリの世襲議員だった。

 みんなの党は、政策的には小泉元首相の構造改革路線を徹底することを呼びかけ、すなわち徹底的に弱いものいじめの金持ち優遇策を前面に押し出している。結局、「勝ち組の二世ボンボンによる金持ちのための政治」がみんなの党という政党の本性だと言うことが分かる。

 こんな政党が何故受けるのか。マスコミはこの党の「ダークサイド」を無視して持ち上げすぎなのではないのか。もっとも、マスコミの全面的支援にもかかわらず、すでに支持率が下がり始めているから、3年後の参議院選挙の時にはもう消滅しているかもしれない。
posted by ナベテル at 23:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月25日

普天間基地撤去は日本国民の意思次第(基地問題4)

中台有事への介入に海兵隊が必要?
 海兵隊の基地は軍事的に沖縄にないとダメなんだ、という意見はよくある。僕がちょっと調べた範囲で一番よく書いてあった記事はこれ。
「普天間移設、および軍事は政治の道具だということの意味(追記あり)」(リアリズムと防衛を学ぶ)
 長文なのでとても引用しきれないから一部を勝手かつ乱暴に要約する。面白いので、原文には是非当たって頂きたい。
 普天間基地を含む在日米軍はユーラシア大陸包囲の一翼として機能をもつ。北東アジアに限っても朝鮮半島と台湾の両にらみの役割がある。
 しかし、普天間基地に限った場合、今一番重要なのは台湾有事、特に中国が台湾の政府、軍の中枢を特殊部隊で襲撃する「団首戦略」に即応できること。そのためには台湾までヘリコプターで無給油でいけ、海兵隊の地上部隊とヘリ部隊が近接した場所になければならない。それはすなわち、沖縄である。
 もし、台湾に米軍基地を置こうとすれば「一つの中国」政策を採る中国政府に侵略と認識されるので不可能。
 また、沖縄以外の場所に基地を移転して、緊張が高まったときのみ沖縄に部隊を移動させる方法は、それ自体がよけいに緊張を高めるし、アメリカが緊張事態を認識しないまま台湾有事が発生したときに対応できない可能性がある。
 軍事的観点からは沖縄以外に基地の選択肢はなくなる。

 文章の一体性をなるべき損なわないように、あえてここで引用しておくと、このブログ主はその上で、とても興味深いことを述べる。
 実際、普天間基地ひとつを撤収すれば台湾が今すぐ中国に併合されるということもまずないでしょう。単に抑止力が低下し、日米関係が悪化し、日本の南西諸島の防衛や尖閣諸島の領有権が少しく危うくなること。中台へ誤った外交メッセージが送られ、将来において海峡で緊張度が高まったときの戦争の歯止めがあらかじめ一つ減り、そして中台で紛争が起これば米軍基地があろうが無かろうが日本は必ず害をこうむるということ。せいぜい、それくらいのものです。そういったものを引き受けるならば、普天間基地の移設先はべつに沖縄でなくてもいいでしょう。

 このような台湾有事即応論に対する反論でまとまっていたのは以前にも紹介した赤旗の記事だと思う。この記事は逆に在日米軍の存在こそが東北アジアの軍事的緊張を高める要因だと述べた上で台湾問題については以下のように言う。
「海兵隊=抑止力」は本当か 「普天間」問題(しんぶん赤旗)
 中国問題もそうです。台湾海峡「有事」の危険をあおり、海兵隊の沖縄駐留を正当化する議論も一部にあります。しかし、海兵隊が台湾に上陸して中国軍と直接たたかうとなれば、それは米中間の本格的な戦争を意味し、核兵器の使用にもつながる最悪のシナリオです。

 日本が海兵隊の出撃を認めれば、軍事介入に加担することになり、「一つの中国」という政府の方針にも反します。なにより、これまでとは比較にならないほどの深まりをみせている米中、日中間の経済的相互依存関係を考えれば、破滅的な軍事的対応をとることは決してできないはずです。

 この赤旗の記事の根底にあるのは「アメリカ、日本が介入する台湾有事は絶対に起こしてはいけない」というものだろう。この考えを徹底した場合、万一、中台間で軍事紛争が起こった際は、日本は介入しない、という立場を取ることになるだろう。

 僕がこの台湾有事即応論で疑問なのは「台湾の軍隊は無抵抗でやられることが前提なのか?」ということ。もし中国が特殊部隊を動かしたら、台湾だって必死に抵抗するだろうし「断首」されないようにする戦略も考えるだろう。そこに海兵隊を投入する事態は実現可能性がかなり低いのでは無かろうか。
 そして、赤旗の記事が指摘するように、将来の日中関係を考えた場合、日本も認める主権国家である中国と、日本が認めていない「地域」である台湾の内戦について、日本が台湾の側に立って介入すべき、という結論はなかなか採り得ないのではないだろうか。

 起こるかどうか全く定かでないケースを想定しない限り海兵隊が沖縄に駐留する意味がないのであれば、そしてその存在意義が発揮されるときには日中関係が破綻するというのなら、そんな海兵隊はいらない、というのが現時点での僕の見解だ。
 そして、台湾有事即応論の他に「沖縄に海兵隊がいなければならない」という根拠は、ネット上で簡単に検索できる限り、見あたらなかった。

普天間基地は絶対のものではない
 日本にとって海兵隊が沖縄にいる意義が薄いのであれば、海兵隊が沖縄に駐留する意義はそれがアメリカの既得権だから、ということになるだろう。沖縄が軍事基地として「便利」であることは指摘されることだし、日本政府が「思いやり」予算をふんだんにつけてくれるので、本国よりも経費が安くつく、という事実もある。しかし、そのレベルの問題であれば(困難であることに変わりはないが)、日米安保の存在を前提にしても、政府間の交渉により基地を撤去することも可能ではないのか。上に引用した「リアリズムと防衛を学ぶ」の記事でも、普天間基地撤去の可能性は全く否定していない。
 アメリカの要人でも次のように述べる人がいる。
元CIA顧問の大物政治学者が緊急提言
「米軍に普天間基地の代替施設は必要ない!
日本は結束して無条件の閉鎖を求めよ」
独占インタビュー チャルマーズ・ジョンソン 日本政策研究所(JPRI)所長

 
―鳩山政権は普天間問題で窮地に立たされているが、これまでの日米両政府の対応をどう見るか。
 まったく悲劇的だ。両政府は1995年の米兵少女暴行事件以来ずっと交渉を続けてきたが、いまだに解決していない。実を言えば、米国には普天間飛行場は必要なく、無条件で閉鎖すべきだ。在日米軍はすでに嘉手納、岩国、横須賀など広大な基地を多く持ち、これで十分である。

 また、アメリカ政府自身、普天間基地の海兵隊の全部ないし一部をグアムに移転させる計画を持っていた。それを明らかにして一時期話題になったのが下記の宜野湾市の研究だ。長文なので引用しない。興味のある方はどうぞ。今、この計画が生きているのかどうか分からないが、アメリカにとっても普天間基地が絶対のものではないのは確かなことだろう。
「 普天間基地のグアム移転の可能性について」 伊波洋一(宜野湾市長)

 ネット上の議論を見ていると「基地は沖縄でないといけないのだ」という信念で物を書いている人もいるが、上に引用した「リアリズムと防衛を学ぶ」の記事も指摘するように、その辺を固定的に考える必要は、政治的にも軍事的にもないように思える。

普天間基地撤去は日本国民の意思次第だ

 普天間基地の撤去問題を考えるときに一番根底におくべきなのは、基地を抱える沖縄の苦悩だろう。沖縄は、押しつけられた有害な基地を何とか撤去したいのに、基地に依存し、日本政府の「アメ」に依存しなければ生きていけない体質にさせられている。沖縄戦で玉砕した軍人が「県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」という訣別電報を残しているが、日本の政治は戦前から戦後にいたるまで、沖縄の犠牲の上に成り立ってきたのだ。日本国民は沖縄の苦悩を無視してはならないし、沖縄が声を上げた今こそ、基地負担を少しでも軽くし、沖縄が経済的にも自立できるようにすべきではないのか。
 しかし、鳩山首相の沖縄訪問以来、日本国内の議論は迷走し、鳩山を「ルーピー」と揶揄する向きもあった。そして、鳩山はついに辺野古に基地を作る日米共同声明まで出すところまで込まれつつある。沖縄の負担を軽くする、という目標を前提にしたとき、出口のない無限ループに陥っていたのは、盲目的な鳩山批判を繰り返した日本の世論そのものだったように思えてならない。
 日米政府が共同声明を出しても、沖縄での基地建設が困難な状況は変わりないだろう。だが、日米安保条約の存在を前提にしたとしても、普天間基地の無条件返還を要求することは不可能ではないように思える。日本には、アメリカの統治下にあった沖縄を取り返した実績もあるのだ。そして、アメリカに対して普天間の返還を要求するときに重要なのは、日本の国内が一致団結してぶれないことだ。今からでも遅くない。日本は国論を統一して、普天間返還を要求する対米交渉に臨むべきだ。

関連記事
基地問題であえて鳩山首相を評価する3つの理由(基地問題1)
抑止の前提となる中国脅威はあるのか(基地問題2)
沖縄の海兵隊は抑止力になるのか(基地問題3)
posted by ナベテル at 21:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月19日

的はずれの貸金業者擁護で池田信夫氏は何度儲ける?

 ネット論壇では有名な池田信夫氏(経済学者らしい)が貸金業法改正の成果である総量規制に絡めて貸金業者を擁護し、弁護士批判を展開している。

貸金業法の「総量規制」で悪徳弁護士は2度もうける - 池田信夫

 まあ、僕なんかと違ってかなりエライ人なので、批評するのも気が引けるのだが、ちょっとあまりにあまりなので発言しておきたい。
 まず、全体の講評としては、このエントリは総量規制の問題と「悪徳弁護士」の問題をごちゃごちゃにして論じている。全体として「弁護士が嫌いなんだな」という感情だけはよく理解できるが、内容はとても分かりにくく、学者のエッセイとしては失格だろう。この二つの問題は絡めて論じる必然性もないし、別個に論じた方が遙かに説得力が高かったのではないだろうか。

貸金業法の総量規制の問題
 池田氏は今度施行される貸金の総量規制について次のように述べている。
消費者金融大手の3月期決算によれば、図のように貸出残高は貸金業法の改正前に比べて20%以上減り、6月から始まる総量規制(借入総額を年収の1/3以下に制限する)によって貸出は半減し、10兆円を割るという予想もあります(日経新聞)。総量規制の対象になるのは債務者の半数にのぼるとみられ、大混乱が予想されます。

 「大混乱」がどういう事態を想定しているのか分からないが、総量規制は国民が借金地獄に陥らないために「借入総額を年収の1/3以下に制限する」制度である以上、今まで貸してくれた金融業者がお金を貸してくれなくなることはあるだろう。
 実は平成18年改正で出資法の罰則金利が年利29.2%から20%に引き下げられたとき、施行まで期間があったにも関わらず、大手の消費者金融や信販会社を中心に貸出金利を利息制限法所定の18%程度に下げる動きがあった。あの頃、金利が貸倒リスクに見合わなくなったため、消費者金融の店舗の多くが統廃合され、中小の消費者金融は廃業した。僕の主観的な認識では新規貸し出しを渋られた事を一因とする破産件数も増えた。しかし、あの事態を「大混乱」と表現する人はあまりいなかったように思う。
 借金地獄を回避するための制度を批判するのなら「もっと沢山貸しても借金地獄にはならない」という主張か「借金地獄になっても自業自得だ」という主張をすべきだと思うが、そういう筋を通さずに「悪徳弁護士」の問題とごちゃごちゃにして「大混乱」だけを憂うのは少し無責任な言説に思える。


グレーゾーン金利での貸し出しこそ「自業自得」ではないのか

 さらに池田氏は貸金業者社や業者団体の主張を丸呑みにした議論を展開する。
さらに「過払い金訴訟」による払い戻しは、昨年も大手4社の合計で3700億円にのぼり、中小の消費者金融は廃業が相次いでいます。盛岡市の元貸金業者が「行政当局は灰色金利の受け取りを容認していたにもかかわらず、06年の最高裁判決で支払いの任意性が否定されたあと、過去の金利に遡及して返還することを認めたのは違法だ」として国家賠償請求訴訟を起こしました。

実際には最高裁判決も無条件でグレーゾーン金利の返還を認めているわけではないのに、その後の過払い訴訟では合意の上で払った金利もすべて返還が求められ、クレサラ弁護士のいうように「借金が貯金に化ける」という、法治国家では考えられない事態が生じています。

 旧貸金業規制法では、
(任意に支払つた場合のみなし弁済)
第43条 貸金業者が業として行う金銭を目的とする消費貸借上の利息の契約に基づき、債務者が利息として任意に支払つた金銭の額が、利息制限法第1条第1項に定める利息の制限額を超える場合において、その支払が次の各号に該当するときは、当該超過部分の支払は、同項の規定にかかわらず、有効な利息の債務の弁済とみなす。
〜以下略〜

としていた。「〜以下略〜」と書いた場所には、細かい書式や記載事項が決まった契約書や、これまた細かい書式や記載事項が決まった貸金返済時に交付する書面の要件が書いてある。
 つまりグレーゾーン金利が許容される「みなし弁済」が成立する要件としては池田氏が指摘する@任意性の要件に加えて、A書面性の要件があったのである。書面は貸付や返済等の取引の度に残高等や次回の弁済額等を正確に記載しなければならず、もともと要件としてはかなり厳しいものだった。
 そして、平成18年の最高裁判例が出る前でも、過払い金返還請求訴訟を提起した場合にAの書面性を立証できる業者はあまり無かった。もちろん@に関する最高裁判例が出たことで過払い訴訟が「楽」になったのは事実だが、過払い訴訟はその前から存在したし、業者がAの要件を立証できないために多くの例で原告が勝訴していた。
 もともと、旧貸金業規制法自体が政治的な妥協の産物で極めて不安定な法律だった。当然、この法律に従って全ての事例で任意性を担保しつつ、厳格な要件を要する書類を備え、保管すること自体が困難だったのであり、それはすなわちグレーゾーン金利での貸し出しを巨大なビジネスにすること自体にもともと含まれていたリスクだった。
 貸金業者事態がもともと負っていたリスクを無視し、出鱈目な法律を作った立法機関もスルーし、司法に責任転嫁する主張は、貸金業者や業界団体としてのものならともかく、経済学者のものとしてはいかがなものかと思う。

「悪徳弁護士」って誰さ?
 そして、その後、池田氏は「過払いブーム」を背景とした「債務者を救済するためではなく、楽な金もうけ」のために「過払い訴訟をあおっている」弁護士の所行を「悪徳」として批判する。確かに、派手な広告を打って顧客を集めつつ、自分で事件処理をせず事務員に丸投げし、濡れ手に粟のボロもうけをしている弁護士がいるのは事実だ。僕も、彼らを何とかしなければならない、と思う。
 しかし、よく読むと、池田氏の批判はそういう弁護士には向いていないことが分かる。なぜなら、池田氏は上記のような「非弁活動」を大幅に緩和して合法化することを主張しているからである。今問題になっている「債務者を救済するためではなく、楽な金もうけ」のために「過払い訴訟をあおっている」弁護士の問題の大きな部分は非弁行為を行っている(疑いがある)ことにある。もし、池田氏の言う「非弁活動」を緩和する制度を作ると、池田氏の言う「悪徳弁護士」は今よりももっともっと増えるのではないのか。そしてそのような弁護士の活動は全く合法なものになるだろう。その人たちが「悪徳弁護士」に含まれることはない。
 そうすると、池田氏が批判する「悪徳」は実態が無くなってしまうか、または、長年の被害者救済運動によって最高裁判所に判決を出させ、その判例に基づいて訴訟をする弁護士の活動そのものを指しているようかのどちらかになるように思える。前者であればためにする批判だし、後者であれば、長年にわたり消費者事件に取り組んで被害者救済を図り、最高裁判例にまで高めてきた弁護士の運動の成果そのものを否定し、規制しようとするものであり、かなりトンデモナイ主張なのではないか。

総量規制でヤミ金融の増加??
 池田氏は、これまた貸金業者の業界団体の言説を引き写しに次のように述べる。
総量規制が始まると、年収の1/3以上借りている債務者は新規の借り入れができなくなり、今度は「債務整理」と称してクレサラ弁護士が2度もうけることになります。そして消費者金融業界は縮小し、闇金融が拡大し、マネーストックは減るでしょう。

 この「貸し出し規制→闇金融増大」という図式は、実際の統計データを見たことがない。先に述べたように、中小の消費者金融は貸金業法の完全施行を待たずしてかなりのダメージを受けているし、借りる側の枠がすでに減っている実態もある。それにも関わらず、この間、闇金融が増えている、という実感は僕には全くない。むしろ、一時期に比べると激減している印象だ。これは@実際に減っている、A手口が巧妙化して弁護士が関知できなくなった、のいずれかと思われるが、Aという話は今のところ聞かない。
 もちろん、単に僕が不勉強な可能性もあるし、総量規制によって闇金融が増加する可能性を否定はしない。しかし、池田氏は経済学者なのだから、こういう肝心なところでは統計データを示しながら議論をすべきだと思うし、何より、池田氏の言葉を借りれば「闇金融に対する罰則を強化する必要があります。」という結論を採るのが妥当ではないだろうか。
posted by ナベテル at 13:56| Comment(7) | TrackBack(0) | 社会・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月15日

沖縄の海兵隊は抑止力になるのか(基地問題3)

 前回はそもそも脅威があるのかどうかに関する議論をいくつか紹介してみた。しかし「脅威はあまりない」という結論だけだとあまり一般受けしないので、中国になにがしかの脅威があることを前提に、沖縄駐留の海兵隊がそれに対する抑止力になるのかを考えてみる。

「抑止力」とは何か
 この議論では何となく米軍=抑止力という単純な議論がなくもない。しかし、そこはひとまずこらえて、「抑止力」という言葉の意味を考える必要がある。
 「海兵隊の抑止力とは何かを検証せよ! ── 朝日オピニオン欄の柳沢協二の議論に同感する」(ニュース・スパイラル)によると、孫引きだが、柳沢協二氏(防衛研修所特別客員研究員・元防衛省官房長、内閣官房副長官補)が「抑止」とは「攻撃を拒否し報復する能力と意思を相手に認識させることによって、攻撃を思いとどませること」と定義している。元防衛省の高官がそういうのだから、政府はこういう意味で「抑止」という言葉を使っているのだろう。そして、抑止「力」とはそのための力ということになろう。「攻撃の拒否」「報復」からも分かるように軍事的な力が念頭に置かれているようだ。


海兵隊は殴り込み部隊だから抑止力にならない?

 海兵隊は「殴り込み部隊」であって日本防衛のための部隊ではないから「抑止力」ではない、という議論がある。
鳩山首相は“思いに至った”というが…
「海兵隊=抑止力」は本当か

2010年5月10日(月)「しんぶん赤旗」

海外に真っ先に出動して上陸作戦を遂行し、橋頭堡(きょうとうほ)を築き上げる軍事介入の先兵―。これが、海兵隊です。「抑止力」でもなんでもなく、「侵略力」そのものです。

 この赤旗の記事は今出回っている「抑止力」に関する色々な言論の中ではよくできていると思う。しかし、実は僕自身は「侵略力」≠「抑止力」という議論が半分は納得できて、半分はあまりぴんとこない。
 赤旗の記事は、海兵隊は侵略するための部隊であって日本を防衛するために駐留しているのではない、ということを非常に説得的に述べている。この記事は、日本人が一般的に思っている「在日米軍は日本を守ってくれている」という素朴な感情が必ずしも正しくないことを教えてくれる。この点は非常に納得できる。
 しかし海兵隊をはじめとする在日米軍が日本を守ってくれない事と、上の柳沢氏のように定義された「抑止力」の議論とはちょっと違うようにも思う。むしろ、中国に日本侵略の意図があると仮定した場合、中国が沖縄の海兵隊という凶暴な「侵略力」による報復を恐れて侵略を思いとどまる「はず」なのであり、それこそが「抑止力」の正体なのではないのか。そういう意味で「侵略力」≠「抑止力」という議論をしてしまうとかみ合わない人が沢山出てくると思われる。

沖縄の海兵隊の「抑止力」は有効か
 では、海兵隊を始めとする在日米軍の「侵略力」によって中国が「抑止」されたら万々歳なのだろうか。赤旗の記事も述べるように、「侵略力」による「抑止」は軍事的緊張を生み出す。米軍の「抑止力」に対して中国は軍備を増強するだろうし、在日米軍はそれに対抗してさらに軍備を増強しなければならない。こういう止めどない軍拡を前提にしなければ「抑止」はできない。僕はその先に平和があるとは思えない。
 また、在日米軍が常に「抑止力」になるかも疑問だ。日本人はアメリカが未来永劫日本を保護してくれると考えがちだが、実際のアメリカは常に中国と日本のどちらと手を組んだら得かという天秤にかけているように思われる。僕が思うに、もし、中国が本当に日本の「島嶼」を侵略してくる事態があるとすれば、アメリカがそのような事態に暗黙の了解を与えた場合も想定しなければならないのではないか。最近ちょっと言われる話だが、韓国が竹島(韓国名:独島)を支配下に置いたとき、米国は「二国間の問題」として動いてくれなかった。今現在のアメリカは「中国より日本」だろうが、アメリカの損得勘定が未来永劫常に日本に傾くとは限らないのだ。
 結局、「抑止力」に頼って安心したつもりでも、実はかなり不確実なものだし、「抑止力」に頼ろうとすると激しい副作用(強度の軍事的緊張、国内の基地問題)に耐えなければならない。前回述べた「中国の脅威」の実態を合わせて考えると、そこまでしてありがたがるほどのものかはきわめて疑問だと言わざるを得ない、というのが僕の考えだ。中国とは、むしろ、「抑止力」によらず、お互いに脅威と感じずに共存していける関係を築いていくべきではないのか。

 次回は「抑止力」論のうち「台湾有事」を考えてみる。というか、間に関係ない記事が入りそうだが。

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posted by ナベテル at 23:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする