2014年02月13日

安倍の安倍による安倍のための憲法解釈

 安倍首相が国会答弁で立憲主義を否定する発言をしたという。
首相、立憲主義を否定 解釈改憲「最高責任者は私」(東京新聞2014年2月13日)
 安倍晋三首相は十二日の衆院予算委員会で、集団的自衛権の行使を認める憲法解釈の変更をめぐり「(政府の)最高責任者は私だ。政府の答弁に私が責任を持って、その上で選挙で審判を受ける」と述べた。憲法解釈に関する政府見解は整合性が求められ、歴代内閣は内閣法制局の議論の積み重ねを尊重してきた。首相の発言は、それを覆して自ら解釈改憲を進める考えを示したものだ。首相主導で解釈改憲に踏み切れば、国民の自由や権利を守るため、政府を縛る憲法の立憲主義の否定になる。 

 首相は集団的自衛権の行使容認に向けて検討を進めている政府の有識者会議について、「(内閣法制局の議論の)積み上げのままで行くなら、そもそも会議を作る必要はない」と指摘した。

 政府はこれまで、集団的自衛権の行使について、戦争放棄と戦力の不保持を定めた憲法九条から「許容された必要最小限の範囲を超える」と解釈し、一貫して禁じてきた。

 憲法の文言には確かに幅があり、その範囲内での解釈のずれというのはあり得る、とされる。学術的に「憲法の変遷」などともいうようだ(実はそのことをちゃんと勉強してない)。しかし、憲法は国民が国家権力という凶暴なバケモノに対して科した“拘束具”であり、憲法解釈が憲法の文言解釈の問題である以上、権力者が勝手に文言を離れた解釈をすることはあり得ない。憲法で「黒」と書いてあるものを解釈で「白」とすることはできないのだ。
 憲法9条が集団的自衛権を否定しているのは、まさにこのレベルの話で、日米安保を推進し、自衛隊強化を推進してきた歴代自民党政権ですら、集団的自衛権(典型例はアメリカ軍が攻撃を受けたら自衛隊が参戦するということである)は憲法上行使できないとしてきたのだ。
 また、解釈上許されないものを、内閣が勝手に表明して、衆院選、参院選で勝ったからといって、解釈を変更できるものでもない。憲法を変えたいのなら、所定の手続による憲法改正の国民投票(憲法96条)をしなければならない。憲法というのはそういうものだし、憲法まで崇高な話を持ち出さなくても、ルール一般がそういうものだろう。野球で巨人が何回連続リーグ優勝しても、巨人だけで勝手に「野球は三角ベースとする」とはできないのである。

ついに憲法自体を破壊し始めた安倍晋三
 安倍晋三の上記発言は、このような憲法の解釈を一切無視し「憲法の解釈は、憲法の解釈上、オレが決めることができる。ソースはオレ。」と言っているに等しい。しかし、文言上無理だと言われいている憲法解釈を、時の政権の勝手な判断でOKとできると言うことが、どれだけ危険な発言か、皆さんよく考えて欲しい。例えば憲法で言う「国民」について、時の政権が「ただし生活保護受給者は除く」「ただし非正規労働者は除く」「ただし後期高齢者は除く」などと勝手に解釈し、人権を剥奪して、強制収容所送りにすることだって可能だろう。安倍晋三の発言は、まさにその類のものであり、国民が憲法という拘束具を権力者にはめて、暴走をストップしようとする立憲主義そのものの否定であり、独裁者の発想そのものである。また、安倍晋三を支持するみなさんは、そのようなオールマイティーの権力を、「ルーピー鳩山」のごとき人物が手にしたときに何が起こるのかを考えてみればよいのではないか。
 思い起こせば、安倍政権は発足直後から、改憲手続を定めた憲法96条を緩和しようだの、法律で集団的自衛権を認めようだの、憲法をネグレクトしてきた。安倍政権がこういうセコイ迂回路を考えざるを得ないのも、実は、国民が今の憲法を支持しているからでもある。いよいよ、安倍晋三の本質が明らかになってきた上記発言、決して許してはならない。そして、昨年5月に憲法96条改憲が頓挫したように、国民世論が反発すれば、安倍晋三の危険な発言を潰すことも十分に可能なことだ。右翼も、左翼も、中道も、高齢者も、若者も、みんなで批判しよう。
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2014年02月05日

NHK発の毒電波が視聴者の皆様の受信料によって支えられている現実

 安倍晋三の肝いりでNHKの経営委員になった長谷川三千子、百田尚樹や、新会長となった籾井勝人が物議を醸し続けている。筆者は、公人の政治的な発言は党派に偏るものでない限り許されるべきだと考えているが、この人たちの発言はそういうレベルのものではない。虚偽と偏狭に満ちあふれ、公的な重責を担うにふさわしくない。

百田尚樹
 ツイッターのまとめがあるので逐一読みたい人はどうぞ。「南京大虐殺はなかった」、安倍首相の靖国神社参拝について「総理に参拝をしていただきたいと希望を述べた」事実、経営委員になってからも、市民のツイッターでの批判に対して「アホ」と言って憚らない。
http://matome.naver.jp/odai/2138403790714522501
 しかし、南京大虐殺については、規模について学術的な見解の相違はあっても、それ自体がなかったという見解はおよそ通用しない。嘘である。また、総理大臣が公用車を使って「内閣総理大臣」と記帳して靖国神社に参拝することが憲法が定める政教分離との関係で重大な問題を孕んでいることも公知の事実である。公的かつ重大な職務にある者が自らの地位と行動について批判されて「アホ」などと公に発言するのは品性下劣としか言いようがない。
 筆者が百田尚樹の発言で最も許せないのはこれである。

 憲法9条は「平和憲法」というくらいで、戦争を起こさないためのものであり、戦争が起こったときにそれでただちにどうこうなるものではない。我々日本国民は、不断の努力によって、平和を保持し続けなければならない(戦争を起こさないように平和を作り出さなければならない)のである。そんなことは誰だって理解できるのに、「9条教」の「信者」を前線に送れ、などというのだ。「戦争が起きたら指導者を前線に送れ」というのなら分かるが、百田尚樹の議論は、自ら、近隣諸国を挑発する虚偽や妄想をばらまく一方で、国民の一部に「非国民」のレッテルを貼って排撃するに等しく、質が悪い。

長谷川三千子
 この人の発言ももはや言うまでもないほど有名になった。
火元の2014.1.6産経新聞の記事「年頭にあたり 「あたり前」を以て人口減を制す」
実はこうした「性別役割分担」は、哺乳動物の一員である人間にとって、きわめて自然なものなのです。妊娠、出産、育児は圧倒的に女性の方に負担がかかりますから、生活の糧をかせぐ仕事は男性が主役となるのが合理的です。ことに人間の女性は出産可能期間が限られていますから、その時期の女性を家庭外の仕事にかり出してしまうと、出生率は激減するのが当然です。そして、昭和47年のいわゆる「男女雇用機会均等法」以来、政府、行政は一貫してその方向へと「個人の生き方」に干渉してきたのです。政府も行政も今こそ、その誤りを反省して方向を転ずべきでしょう。それなしには日本は確実にほろぶのです。

火をつけた2014.1.28朝日新聞の記事「女は家で育児が合理的」 NHK経営委員コラムに波紋」

 自分が大学教授までやっておきながら、他の女性には家に入って育児をしてろ、というのは、どういう神経なのだろうか。自分が苦労したというのなら、後輩女性たちが働きながら子育てをする苦労をなるべく軽減するべきなのではないだろうか。先週の「週刊金曜日」の記事によると、この人は、経営委員になってから、国会であった「福島瑞穂を囲む女性の会」みたいのに単独で乗り込んで、笑みを浮かべながらとうとうと自説を展開したそうである。ひょっとしたら、精神的な痛みを感じないサイボーグ的なメンタリティの持ち主なのかもしれない。
 そしてさらに、新たな発言が飛び出した。
2014.2.5毎日新聞:NHK経営委員:新聞社拳銃自殺事件を礼賛
「右翼団体「大悲会」の野村秋介元会長が、自身の政治団体「風の会」を週刊朝日のイラストで「虱(しらみ)の党」とやゆされたとして抗議。1993年10月20日、朝日新聞東京本社15階応接室で拳銃自殺を図り、死亡した。以後、同年の文芸春秋社長宅発砲事件など言論テロが続いた。」という野村秋介について、没後20周年の追悼文集に寄稿し、「人間が自らの命をもつて神と対話することができるなどといふことを露ほども信じてゐない連中の目の前で、野村秋介は神にその死をささげたのである」と述べ、さらに野村の行為によって「わが国の今上陛下は(『人間宣言』が何と言はうと、日本国憲法が何と言はうと)ふたたび現御神(あきつみかみ)となられたのである」と書いたというのだ。
 言論の自由に対して「自爆テロ」で応じた人物の追悼文集に寄稿すること自体が問題だし、その人物を礼賛し、その行為によって日本国憲法下の象徴天皇制自体否定するという、論理が飛躍しすぎていてまともなコメントが不能な言論を展開している。それにしても、言論に対するテロを礼賛する人物が言論機関の経営委員をやっているというのはどういう皮肉なんだろうか。

籾井勝人
 この人は経営委員ではなくNHKの会長になった人だが、安倍政権の差し金と噂されている。会長は経営委員会で選出されることになっている。そして、籾井は、就任会見で旧日本軍の従軍慰安婦問題について「どこの国にもあった」などと暴言を吐き、さらに「政府が『右』と言っているものを、われわれが『左』と言うわけにはいかない」などと、NHKが安倍政権の大本営発表化することを宣言したのである。

視聴者の皆様の受信料によって支えられています

 このような品性下劣で、虚偽、妄想を公の場で並べ立てる人物たちの報酬は、NHK視聴者の皆様の受信料によって支えられている。ナンボのもんかと思って調べてみたら、非常勤の経営委員の報酬は年額495万3600円だそうである。
http://www.nhk.or.jp/keiei-iinkai/about/pay.html
 会長の報酬は決定方法だけ基準が公表されていて、実額がホームページで公表されていない。
PDFの「基準」→http://www3.nhk.or.jp/pr/keiei/kyuyo/pdf/kijyun-top.pdf
 そもそも、NHKの会長の報酬をホームページで公表しないこと事態が不当だが、新聞報道によると、常勤の経営委員長と同額の年額3092万円のようである。
 虚偽、妄想をばらまき、近隣諸国を挑発しながら、歴代自民党政権でももっとも危険な安倍政権の大本営発表化を公言するような役員らの報酬のために払う受信料などあるのだろうか。このような人物らは、公共放送であり、報道機関でもあるNHKからは即刻追放すべきである。

2014.2.5追記

 長谷川三千子の追悼文の原文なるものがネット上で出回っている。これが本物だとすれば、やはり、かなりひどい内容だと思う。

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2014年02月03日

「橋下氏が市長に再選されても任期が変わらない」について調べた

 筆者は弁護士だが、市長が辞職してまた市長選に出ると、当選しても任期が当初の通りとなる、というのを記憶していなかった(言われると、名古屋の河村氏だか阿久根の竹原氏だかで、過去にそういうことが問題になったことがある気がする)。
 この点について、新聞の書き方を見ていてもどうもスッとしないので、自分で調べてみた。法律の条文を見ると以下のようになっている。

条文の確認
地方自治法
第百四十条  普通地方公共団体の長の任期は、四年とする。
○2  前項の任期の起算については、公職選挙法第二百五十九条及び第二百五十九条の二の定めるところによる。

 で、公選法の該当部分には下記のような記載がある。
公職選挙法
(地方公共団体の長の任期の起算)
第二百五十九条  地方公共団体の長の任期は、選挙の日から起算する。但し、任期満了に因る選挙が地方公共団体の長の任期満了の日前に行われた場合において、前任の長が任期満了の日まで在任したときは前任者の任期満了の日の翌日から、選挙の期日後に前任の長が欠けたときはその欠けた日の翌日から、それぞれ起算する。
(地方公共団体の長の任期の起算の特例)
第二百五十九条の二  地方公共団体の長の職の退職を申し出た者が当該退職の申立てがあつたことにより告示された地方公共団体の長の選挙において当選人となつたときは、その者の任期については、当該退職の申立て及び当該退職の申立てがあつたことにより告示された選挙がなかつたものとみなして前条の規定を適用する。

 なるほど、確かにそう書いてある。結局、公選法の259条の2により、橋下氏が当選した場合は、任期が最初の当選のときから4年、ということになるんですな。ここで重要なのは、無投票かどうかは関係ない、ということ。橋下氏が当選すれば任期は今の任期と通算されるし、そうじゃ無い人が当選した場合は新たに4年となるのだ。我こそは、と思う人は立候補して、橋下氏の悪政をどんどん批判すればよいと思う。

何故こういう制度なのか
 制度趣旨としては、現職首長による選挙制度濫用の防止、ということで予想がつくところだが、一応調べてみた。
 普通地方公共団体の長の職に在るものが、任期の満了を待たずに退職の申出をした場合は、かつては、退職の申立があったことに因り告示された選挙において候補者となることができないとしていたのを改め(昭和37年改正前の公選法87条の2削除)、普通地方公共団体の長が任期満了をまたずに退職を申し出、当該退職の申立があったことに因り告示された選挙において立候補できることと氏、その場合、再び当選人となってもその者の任期については、退職前の在職期間に通算する(当該退職の申立て及び当該退職の申立てがあったことにより告示された選挙がなかったものとみなされる)こととなっている(公選法259条の2)。つまり、普通地方公共団体の長が、たとえば、議会との間が円滑に行かない場合に、不信任決議を受けて議会解散で住民の批判をまつ方式の他に、自ら自発的に退職して信を住民に問うことができる道が開かれたが、その場合は、任期四年の特例となる。
 したがって、退職の申し立てがあったことに因り告示された選挙は、退職を申し出たものについては信任投票、新たに立候補した者については、後任者の選挙という二つの内容を有しているもので、退職を申し出た者が再び当選人となった場合は、前職の残任期間であり、新たに立候補した者が当選人となった場合は、その任期は通常の任期の四年である。(『新版逐条地方自治法第1次改訂版』松本英昭 学陽書房)

 念のため公選法の注釈書も参照してみたが、ほとんど同じ事が書いてあった。
 もともと、辞職の場合の再選挙出馬が禁止されていたことになる。それがいわば規制緩和されて、再選出馬はできるけど、任期は変わらないよ、という制度になったのだ。注釈書に制度趣旨は明記されていないが、条文の体裁からすると、予想したとおり、現職市長による選挙制度の乱用防止なのではないだろうか。
 橋下氏が今日辞職して、大阪市長の再選挙に出馬した場合は、その選挙は、橋下氏にとっては信任投票となるのだから、単に勝ったかどうかだけでなく、前回市長選挙と比べて表が増えるのか、減るのかが重要な要素となるとみるべきだろう。
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2014年01月22日

千葉都民を25年間やった私が京都に住み続ける理由

 まあ、なんか、この手のエントリがブームらしいのだが、乗り遅れたビッグウエーブを後から追いかけてみる。筆者は京都で8年以上弁護士をやっているが、司法研修所の寮にいた僅かな時期を除けば、その前は司法修習生として広島に1年住んでおり、その前は、生まれてから25年間、千葉県松戸市、柏市に住んでいた。千葉県民でありながら、千葉県に帰属意識の無い「千葉都民」と言われる層であった。

第1 千葉と東京を捨てた理由
1 ラッシュアワー。一番酷いときは立ったまま眠れる朝の千代田線とか、もう嫌だった。程度の差こそあれ、座席にも座れない通勤時間が1時間×朝夜2回もある生活は本当にご勘弁願いたかった。
2 物価。東京の土地も賃料も高杉。ラッシュアワーから解放されようと思うほど、値段はつり上がるし、マンション暮らしになって地べたを拝めなくなる。
3 マスコミ。今、現在進行形の東京都知事選を見ても分かるように、東京近辺の関東平野の住民は、読売だの朝日だのとか、キー局とか言われるテレビ局の影響を受けすぎるし、その波を食い止める社会的な防波堤が無い。政治が常にバラエティー化するのは本当にご勘弁願いたかった。
4 地域性の欠如。東京には物欲を満たすあらゆる物があるが、心が満たされる場所では無い。

第2 京都に住み続ける理由
1 職住接近。通勤時間15分。どうだ、東京都民よ!
2 四季折々、生活の端々に現れる1000年分の人の営み。文化。
3 食べ物がうまい。ミシュランの星の数は京都が一番多いのは有名だが、そんな店に行かなくても美味い。京都では当たり前に食べられて、東京ではあまり食べられないものはあるが、その逆はあまり思い浮かばない。もっとも、金を稼ぐようになってからの大半の時期は京都にいるので、過去の自分との関係で収入格差があり、バイアスになっている可能性はある。
4 繁華街が近い。自転車で15分。いわゆる中央駅も遠くはない。タクシー使えば20分以下で行ける。東京都民は東京駅に20分ではいけない場合が多い。
4 歴史的な観光地が多い。町中遺構だらけ。京都だけでは無く、近畿一円にそういうものがある。
5 住民が若い。学生の街!従って街も若い。
6 学者の街。それを反映して、住民の雰囲気として教養が高い感じ。
7 街が静か。たまに東京に行くと、人が多くて、うるさくて、びっくりする。
8 東京のマスコミの力が相対的に弱い。地元紙にそれなりの力があり、東京よりはまだマシ。政治はいまだに保革対立。それ、日本以外の先進国では、当たり前。

第3 京都の嫌なところをあえて挙げれば
1 人が若干難しい。「〜しなはったらどう」は「〜しなさい」の意味だったりするし、「〜という話もある」は「(話者が)私はそう思っています」という意味だったり、「お任せします」は「私が喜ぶようにして下さい」の意味だったりする。でも、慣れれば大したことは無い。
2 夏の酷暑。冬の底冷え。事実だが、暑さについて言えば、東京のヒートアイランド現象は他人のことをとやかく言えるものではない。
3 変な話だが、東京が遠い。この国のセンターが遠い。100万都市とはいえ、地方都市の東京に搾取されてる感は半端ない。でもまあ、距離的には新幹線で2時間20分だけどね。
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2013年11月27日

親愛なる川田龍平さんへ

 特定秘密保護法案が衆議院で強行採決された。この法案の危険性については「何が秘密?それは秘密」というひと言に集約されている。

すでに政府の秘密による被害は出ている
 日本では、本来、国民の共有財産であるはずの政府が保有する情報について、私物化する傾向が非常に強い。今回の法案でも、その当たり前の事実すら前提とされていない。そういう行政実態が端的に表れているのが刑事事件の際の検察、警察の証拠隠しであり、それによって被害を受けた国民は数知れない。再審無罪となった布川事件の櫻井さんらは厚い秘密の壁を破って真実に到達した希少な例なのである。
 これも刑事事件絡みの話題だが、現在、刑事訴訟法で、証拠の「目的外使用」が禁止されており、法の専門家である弁護士ですら、捜査機関の不法な捜査実態を世間に知らしめることに躊躇せざるをえない現状がある。このことが端的に表れたのが、法廷で再生されたDVD影像(被告人の取り調べ影像で、取り調べ後に完成した供述調書と内容が食い違っていた。)をNHKに提供した弁護士について、検察が懲戒請求した事件だ。詳細は下記産経新聞の記事「「真実発見」に支障? 「公益性あれば証拠の裁判外使用を」刑訴法改正求める声…NHKへの取り調べ映像提供問題」に譲るが、明らかな捜査機関の違法な取り調べ実態の証拠すら、それを公表することでプライバシー侵害を受ける元被告人本人がOKしているにも関わらず、検察が弁護士を懲戒請求をしたのである。自分に都合の悪い情報を隠すためなら、憲法が保障する国民の知る権利など無視して(無視するのが司法試験を通った検察官の集団であるところの検察庁であるのがまたイタイ)、自分が持っているあらゆる手段を行使して、突き進むのが行政であり、弁護士ですら公表を躊躇せざるを得ない。これは特定秘密保護法ができた後の社会のあり方を明確に示す。

防衛産業と自衛隊幹部の癒着すら秘密になる可能性がある
 「特定秘密保護法に反対している連中は、何かやましいことでもあるのか?スパイか?」という頓珍漢な意見も目にする。しかし、特定秘密保護法が成立すると、安全保障の分野についての秘密が一番多くなりそうだ。そして現在、防衛産業と防衛省の癒着は激しく、ぐるみで国民の税金を浪費している疑いすらある。その一端が現れたのがしんぶん赤旗の下記記事。リード部分だけ紹介する。
水増し請求で処分の三菱電機 指名停止中、1340億円受注 防衛省は開き直り
中距離地対空誘導ミサイルなど防衛装備品の水増し請求(過大請求)で、指名停止処分を受けた三菱電機が、指名停止中にもかかわらず、防衛省から昨年末までの11カ月間に、241件、1340億円もの受注をしていたことが19日までに分かりました。日本共産党の井上哲士参院議員への防衛省提出資料で判明したもの。同省は13日、同社から水増し請求額に違約金などを加えた約495億円が返納されたとして、同日、指名停止を終了しましたが、指名停止が骨抜きになっていたことを浮き彫りにしました。

 指名停止措置すら無視して発注をするのを癒着と言わずして何と言うのだろう。また、防衛省は、手前で設定した秘密書類の大半を勝手に破棄していたことでも名を馳せた官庁だ。
防衛秘密、6年間で4万件を破棄 半数超に相当 政府答弁書で判明 日経新聞2013/11/26 12:51
 防衛省が自衛隊法で規定している「防衛秘密」の管理に関して、2007〜12年の6年間で約4万2100件の秘密を破棄していたことが、政府が26日決定した答弁書で明らかになった。同省は06年から12年までに約7万4300件を指定している。民主党の長妻昭氏の質問主意書に答えた。
 防衛秘密は防衛上特に秘匿することが必要な情報を防衛相が指定する。漏洩した場合は最高5年の懲役を科される。特定秘密保護法案が成立すれば特定秘密に移行する。防衛秘密は歴史的文書を国立公文書館などで保存することを定めた公文書管理法の対象外。保存期限が過ぎた場合は同省幹部の判断で破棄が可能だ。
 防衛省はこのほか「省秘」約30万件中27万件、日米相互防衛援助協定(MDA)秘密保護法で米国から提供を受けた「特別防衛秘密」約2500件中700件も廃棄していたことも明らかになった。

 今後は、防衛産業と自衛隊幹部、官僚の癒着が起こったときに、癒着をした当人たちの手によって秘密と指定され、アクセスしようとすれば犯罪となり、癒着の証拠は闇から闇に葬られる可能性すらあるのだ。これが特定秘密保護法ができた後の世界であり、「公務員の守秘義務」どころの話ではないのだ。

親愛なる川田龍平さんへ

 薬害エイズ問題も、厚生労働省が血液製剤の危険性について検討した結果を記録した「郡司ファイル」を隠していたのが、公開されたことで、解決に弾みがついた。あの頃、病身を押して杖をつき(まだ薬の精度も今ほど高くなかったはず)、差別に立ち向かい、名前を公表して闘い、秘密を暴いて、自ら道を切り開いた川田龍平さんは、輝いていた。
 ときは変わって、川田さんは、なぜか、特定秘密保護法案を推進しようとする愚かな“野党”党首が主催する「オレの党」に所属している。正直、その事実に失望していた。
 しかし、すべては巡り合わせなのだろう。今、あなたは渦の中心にいるし、かつての輝きを放つことができる位置にいる。今のあなたに、この悪法を止める役割を期待する国民が浜の真砂の数ほどいることを、胸に刻んでいただきたい。
 そして、薬害エイズ問題に命をかけたように、参議院で必ず、この悪法を止めていただきたい。
posted by ナベテル at 10:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする